第1展示室 目で見る弥生文化

大阪府立弥生文化博物館は、弥生時代を専門に扱う全国初の博物館として池上曽根遺跡の一角に1991(平成3)年に開館しました。常設展示は「目で見る弥生文化」(第1展示室)と「池上曽根ワールド」(第2展示室)で構成しています。

「目で見る弥生文化」は「米つくりの始まり」「新しい技術の誕生」「ムラ・戦い・クニ」「弥生人」「交流」「死とまつり」の6テーマからなり、実物資料や複製品(レプリカ)、映像をとおして弥生文化についてくわしく学ぶことができます。 また、「池上曽根ワールド」では、全国でも著名な弥生時代の集落である池上曽根遺跡の資料を、近年の発掘調査で見つかったものも含めてご紹介しています。



動画内の職名は当時のものです。(2015年10月現在)


館内には「触れる」コーナーがあります。銅鐸(模造品)や土器のかけら(出土品)などにさわることができます。



第2展示室 池上曽根ワールド

 池上曽根遺跡の出土品の土器や国内最大の大型井戸木枠(レプリカ)、 大型建物の柱に加え、龍や建物が描かれた土器(絵画土器・建物絵画土器 はレプリカ)、弥生時代でもっとも重いヒスイ勾玉なども展示しています。  
この展示室は池上曽根遺跡の小宇宙。ここを訪ねると、池上曽根遺跡の 全貌が見えてきます。


弥生プラザ「水差形土器の世界」

 水差形土器は弥生土器のなかでも形状から機能が想像しやすい土器です。水差形土器とは注ぎ口状の口縁を持つ壺状の土器を指します。加えてその多くには注ぎ口の反対側に半円状の取っ手が付いています。そのような形状から水等液体を注ぎ入れる現代の「水差し」に近い機能が想定されています。  
 使用された期間は短く、弥生時代中期に盛行し、後期にはほとんど見られなくなります。短期間ながらもそろばん形や楕円形等様々な形の胴体、底に台が付くものやミニチュア土器など、多種多様な形・大きさのものが作られました。  
 また、井戸やその周辺から出土することが多く、形状だけでなく出土地点からも水と関係する土器であることがうかがえます。また墓の周辺でも出土するため、儀礼にも使用されたと考えられます。  
 今回の弥生プラザではそのような水差形土器に焦点を当て、その形の多様性とそれぞれの特徴を紹介する展示となっています。大小様々な水差形土器を比較し、弥生時代の人々にどのように使用され、どう扱われてきた土器なのかを考えます。
 <主催> 大阪府教育庁、大阪府立弥生文化博物館  
 <会場> 大阪府立弥生文化博物館2階 常設展示室前  
 <期間> 令和3年12月8日(水)から
 <主な展示品> 府中遺跡 水差形土器 2点 短頸壺 1点、池上曽根遺跡 水差形土器 3点、弓削ノ庄遺跡 水差形土器 2点、雁屋遺跡 水差形土器 1点、瓜生堂遺跡 水差形土器 1点、亀井遺跡 水差形土器 3点、山城廃寺遺跡 水差形土器 1点

池上曽根遺跡

 博物館は弥生時代の大環濠集落(周りに堀がめぐっているムラ)、池上曽根遺跡にあります。  
 遺跡の総面積は約60万平方メートル。和泉市・泉大津市にまたがり、うち約11.5万平方メートルが国史跡・史跡公園となっています。  
 遺跡の発見は、1903年に池上在住の南繁則氏が、石のやじりなど見つ けたのがきっかけでした。南氏が発見した長頸壺は、今も第2展示室のシ ンボルです。  
  戦後、府立泉大津高校や第二阪和国道内遺跡調査会が調査をはじめ、環 濠などを発見しました。祖霊・穀霊を運んだといわれる鳥形木製品、龍な ど描かれた土器、弥生時代最大級のヒスイ勾玉、現在DNA分析で再び注目 される炭化米なども見つかっています。  
  1995年には、弥生中期の大型掘立柱建物跡(東西19.2m、南北 6.9m、畳に換算すると約80畳)と日本最大・最古の丸太くり抜き井戸(直径約2.2m、クスノキ)が発見されました。建物の柱(ヒノキ)の1本は、 年輪年代測定法により、紀元前52年の伐採と判明しています。  
  遺跡は史跡公園として大型建物・井戸などが復元され、池上曽根弥生学習館も開館しています。